毎日の朝礼をやめて思ったこと

自分が朝礼をしなければいけなくなった立場になった数か月後、朝礼をしなくなった。しないというより月2、3回に減らした。なぜなら朝礼が苦痛で苦痛で仕方なくなったからだ。私がである。

もともと人前でしゃべるのが苦手だし、うちの会社もそれほど変化のある仕事でもないし、毎日、朝から何を話せばいいのかわからない。一応、最初のころはああだ、こうだと朝礼にて教訓めいたものを話したりはした。

しかし、何日かたつともう何を話したらいいかわからない。朝起きてから、今日の朝礼何を話そうということで頭がいっぱいになってしまう。ここまでくると朝礼トラウマである。最終的には「みなさま、おはようございます!え~こちらからは連絡事項はございません、みなさまなにか伝達事項はありますか?」「し~~~~ん」ということが何日も続いた。

従業員のみんなも朝の作業に没頭しているなか、中身のない朝礼のために集まることがひどくいやそうだ。あたりまえである。だんだんと集まるスピードは遅くなるし、最初のころは顔をあげていたけれども、だんだん日がたつにつれて下を向いたり横を向いたりし、最後は首を回し始めたりと朝礼を聞いていないのがありありとわかるようになる。

まあ、すべては中身のない朝礼しかしない自分が悪い。しかし、自分の知力では毎日、内容のある朝礼なんてできはしない。まして、ベテラン従業員ばかりなので、仕事に対する指摘などあるわけではない。

だから朝礼はやめた。週に一回だけ集まってもらい、重要な連絡事項だけを伝えることにした。それで何か変わったか?何も変わりはしない。業績も落ちるわけでもなく、従業員のモチベーションも落ちるわけではない。

ただ一番変わったことがある。自分である。もう、朝から悩まなくていいと思ったら朝から爽快だし、モチベーション上がりまくりである。朝礼以上に朝からしゃべりまくっている。

いったい朝礼とは何なのだろうと今になって思う。かならず毎日しなければならないのものなのだろうか。もちろん朝礼によって社員たちのモチベーションを上げ、成果を上げている会社もあるだろう。テレビでもやっていたように思う。自分も朝礼に関する書籍を読んだりもしたなかに、そういう会社があることも知っている。

でも実際に朝礼をする立場になってみて自分には無理だと分かった。性格的にも能力的にも…。もし、朝礼をやめたことで業績が下がったり、従業員たちのモチベーションが下がったりしたら考えなければいけないけれど、そういう傾向もない。また、上司は朝礼をやめたことに対して何も言わない。

なので今後も自分がリーダでいるかぎり、朝礼はしないだろう。まあ、自分もみんなも苦痛なことはやめたほうが正解ということだ。変に習慣化されたものを見直すことは大事だな、という教訓だ。このことを明日の朝礼で話すつもりだ。