嫌いな父親がガンになった報告を聞いて泣いてしまった話

自分の父親が前立腺ガンになった。数か月前から頻尿になり、最近では一晩に10数回もトイレに行くものだから母親がブチ切れて「早く病院いけ!」といわれ、出不精な父は仕方なく病院に行き検査をした結果だった。ただ、最初は2、3回検査したけれど原因がわかなかった。ガンであれば1回の検査でわかるであろうと勝手な判断をしていたのだが、検査入院という大げさな手段で調べたところ前立腺ガンと判明したのである。余談ではあるがその検査というのが肛門の周りに5本の麻酔注射を打ち、肛門からハサミのような器具を入れて前立腺の細胞をえぐり取り調べるもので、父親は相当な屈辱を受けたと泣きそうであった。

父親が嫌いなわたし

わたしと父親は仲が悪いわけではないが、わたしがどちらかというと苦手というか嫌いというか感情面で受け付けないタイプの人間である。おそらくその理由は小さいときからあまりコミュニケーションというものをとっていなかったからだと思う。あの当時では珍しいデキちゃった結婚で、父親は母親のことがほんとうに好きで結婚したのかわからないし、望んでできた子供なのかもよくわからない。だから、わたしに愛情があったのかよくしらない。まあ、あの当時はめちゃくちゃ仕事が忙しかったということもあるし、子供にかまっていられないということもあっただろう。なのでそういう関係でこの年まできたので、わたし自身が父親に愛情をいだけないのかもしれない。

そういうわたしの父親への心持ちから、自分はもし父親が死んだとしてもおそらく泣くことはないだろうという、どうでもいい自信があった。同居はしていないので存在感がどうのこうのというのはないけれど、死んでもらったほうが自分のなかのよくわからない重荷みたいなものが下りるのではないかとも考えていた。自分も息子がいる父親になったのにひどい話ではある。

ガンが判明した日 泣いてしまう

しかし、父親が前立腺がんと判明した日、わたしは泣いてしまった。母親から電話があり、いつもならギャンギャンと、あることないことここぞとばかりに喋りまくるのであるが、いつもとは違ったか細い声で「父さんが、ガンだったらしい」と言った。母親は今にも泣きだしてしまいそうだったので、わたしも動揺したけれど「前立腺ガンなら治癒率高いし大丈夫だよ」と励まして電話を切った。そして、数秒後、ギューッと胸を締め付けられるような感覚に襲われ、おもわずうるうる泣いてしまったのである。

自分でもびっくりしてしまった。父親が死んだとしてもぜったい泣くことはないだろうと思っていたら、死んでもないし重症でもないのに「ガンになった」と聞いただけで泣いてしまったのだ。いま考えてもよくわからない。ほんとうにどういう感情の動きでそうなったのか、自分で自分が理解不能だった。たとえば悲しいテレビを見て泣けばどの場面が悲しい場面で、泣いた理由を分析できるし他人に言うことができるだろう。しかし、もし今回「なんで泣いてるの?」と聞かれてもおそらく何も言えないと思う。悲しいとも違うし寂しいとも違うし、そのすべてでもあるし、ほんとうによくわからない。

しかしながら、前立腺ガンの当事者である父親は「ギャハハハハハ、前立腺ガンだったよ。今回の検査では転移もしてなかったし、大丈夫大丈夫!」と何がおかしいのか、あまりのショックに頭の回線が吹っ飛んだのかわからないがいつも以上にテンション高く電話がかかってきた。やれやれ、なんで俺は泣いてしまったんだろうとこっちがテンションがめちゃくちゃ下がったわ!

やはり息子は息子

というわけで今後どういう治療方針をおこなっていくか病院側と打ち合わせをしていくらしい。まあ、そう簡単に息子のいうことを聞くような男ではないから、わたしが立ち会ったところで何もできないのでほおっておくことにする。おそらく完治というかガンを抑えることができるのではないかと淡い期待をいだいているのだけれど、ガンはガンなので予断は許さない。やはり息子は息子なのか、心配ではある。