村上春樹「回転木馬のデッドヒート」を読んで、ますます「女ごごろ」がわからなくなった話

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村上春樹短編小説「回転木馬のデッドヒート」を読んだ。30年以上前に書かれた本で初めて読んだのは大学生のときだ。折に触れて読んでいたのだけれど、引っ越しのときに紙の本をなくしてしまった。そしてなぜだかわからないが、再度読みたくなっておもわずkindle版をぽちっとしてしまう。

「回転木馬のデッドヒート」は8つの短編で構成されている。一応、村上春樹が人から聞いた話を脚色して書いているということで、「ノンフィクション」ぽい扱いになっている。ほんとかどうかは知らない。

そのなかで「レーダーホーゼン」という話がすごく印象的だ。ちなみに「レーダーホーゼン」とはドイツの衣装で、リュックサックを背負うときの肩にかけるベルトみたいなものがついている革製の半ズボンである。

話の内容は村上春樹の奥さんの友人との会話からはじまる。友人の母親が旦那を捨てたという。子供だった自分も含めて。その原因が「レーダーホーゼン」。あるとき母親がドイツへ旅行に行った。旦那がお土産として「レーダホーゼン」を買ってきてくれという。なぜそんなもの欲しがったかわからない。母親は「レーダーホーゼン」の専門店へ行くのだけれど、そこはオーダーメイドのみのお店でルールとして試着できる本人がいないと作ってくれない。困った母親は旦那とよく似た体形のドイツ人を連れて来るから、どうしても作ってと強引なお願いして認められる。そして「レーダーホーゼン」を試着した旦那とよく似た体形のドイツ人を見たとたん、旦那に憎悪をいだいたという。

この話が不思議というか理解できないのは、母親が旦那さんとよく似た体型のドイツ人の「レーダーホーゼン」を履いている姿を見ただけで、一気に旦那さんに憎悪をいだき離婚してしまうことだ。母親にもなぜだかわからず、何の理由もいわないで旦那と娘のもとから離れてしまう。そして何年かのちに母親と娘が再開したときに、そのドイツでの出来事を話したのだ。

この短編には男に理解できない「女ごころ」が凝縮されているように思える。理不尽に母親から捨てられたにもかかわらず、母親から「レーダーホーゼン」の話を聞かされると娘は母親を恨むことができなくなった。おそらく気持ち的に理解できたからだろう。本文でも友人が村上春樹との会話で

「その話を聞いたあとでは私は母のことを憎みつづけることができなくなったの。どうしてだかうまくは説明できないけれど、きっとそれは私たち二人が女だからと思うの」

と言っている。これは絶対に男にはわからない「女ごころ」だ。そう理屈でもなんでもなく言葉に出来ないあの「女ごころ」だ。

私にもそのような「女ごころ」に打ちのめされたことが2回ある。まあ打ちのめされたことは数十回ではすまないけれど、2回というのは極めつけのものだ。いまだに理解できないし、できれば考えたくない。

1度目は同棲していた彼女にいきなり追い出されたこと。ある女性とお付き合いしていたとき、ひょんなことから私が彼女の部屋に転がり込み同棲が始まる。1年くらいケンカもせず仲良く暮らしていたと思う。しかしあるとき突然、彼女から「1週間以内に出てって」と言われた。もうびっくりである。理由は言わない、「出てって」の一点張りだった。そのときは仕方がないので衣類などだけを持って友人のアパートに泊めてもらった。なぜそうなったのか、まったくもって不可解だった。

2度目は離婚したときのこと。じつは私、バツイチである。20代後半に2年くらい交際し、ある女性と結婚してアパートで暮らしていた。そのときもケンカもせず仲良く暮らしていた。しかし結婚して1年くらいたったとき、「離婚して」と言われた。突然である。何の予兆もない。理由は一言「情がなくなった」だ。「好きな人ができた」でもなく「嫌いになった」でもなく「情がなくなった」である。まったく理解ができなかった。そして「離婚して」と言われてから三日後に元嫁は出ていった。

今にいたってもその2つの出来事に関して、なぜそういうことになったのか理由はわからない。どこかで私と瓜二つの人間を見つけて一気に嫌いになったのかもしれない。または大便をしたあとのトイレの臭さがひどかったかもしれない。寝ているときのいびきがひどかったのかもしれない。考えればすべてが原因のようにも思うし、大したことのないようにも思える。

ともかく久々に読んで嫌な記憶を呼び起こされた短編だった。勉強にもならない。だって「女ごころ」なんてわかるわけがないだろう。でも「回転木馬のデッドヒート」自体はおもしろい。いろいろ考えさせられる本だ。村上春樹の初期の作品ではあるけれど、ここ最近の小説よりは断然おもしろい。